
四半世紀と少し前はこんな連中だった。
新設された選抜進学高校の無駄に広い校庭には、放課後になると楕円形のボールを手に集まってくる男子生徒どもがいた。創立一年目で学校側が用意した校庭で活動する部活動は、野球部、サッカー部、テニス部、陸上部。その枠内には収まりきれずに同好会としてスタートした当時の楽ビー同好会。
ほかの部と掛け持ちをしている輩が多くいた。
教えを受けていたのはすごい人だった。オール山梨だったか(?)の監督だったか(?)でもあるその先生は、発起人の父でもあった。
一年が過ぎ、ボールの持ち方や、真横よりも後ろへと投げなければならないパスのしかたや、転がってくる楕円形のボールを両の手で取る方法や、体のぶつかり合いたるタックルや、スクラムとモールとラックの違い、ボールを地面へ立てて置く方法、そのボールを蹴る方法、スクラムやラックから出たボールをバックスへと投げる投げかた、etc…
そんなところから学びながら楽しく過ごしていた。…曖昧な記憶ではたぶんそうだったような気がする。

二年目になり部活動として認められ、現役選手としてラクビーをしていた、俺達と一回り違う監督が就任し、楽ビーはその日からラクビーになって身に沁みこんでいった。
新設された選抜進学高校の無駄に広い校庭はほんと、無駄に広かった。内周はせいぜい500m~800m。校舎を含む外周がほぼ1kmあり、鬼監督は嬉々としてそこを走れと告げる。言われたら走る。しかも競い合うように走る。馬鹿だから何週したか忘れ更に走る。それが、アップだったと知るのは走り終えてからのことである。
アップを終えたら今度はショートランニング。3m~5mおきくらいの距離で地面に線がひかれ、監督のパチンという拍手とともにその線を往復していく。最初は一番近い線から、二度目の往復ではその一本先へ、更に次ではもう一本先の線へ。
その後、タックル用のマシンに向かってタックルを繰り返したりとか、スクラム組んで何百キロあったか覚えてないスクラムマシンを押し込んだりとか、ラックとモールの練習で蹴飛ばされたりとか、仕返しに踏んでみたりとか、パスの練習をしたりとか、ラインアウトでいろいろ試してみたりとか、etc…
思い返したらなんだか途端にどっと疲れた…。しかし、心地よい疲れ、だと思う。
# by TheMemen | 2012-03-11 14:31 | 学舎 | Trackback | Comments(0)


